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短編小説「3年、30年」(13)
 2024年作


 次の日、僕の家のドアを再びノックしたのは幸い、チョルミョン一人だけだった。
 嬉しく迎え入れる母にひとしきり冗談口を叩いた彼は、僕の部屋に入ると、団子鼻をぴくぴくと動かした。

 チョルミョン:俺、チョルミョンがな、初級団体書記の特使として来たぜ。
 チュンミン:そうかい、これは、歓迎曲もなくてすまないな。
 チョルミョン:歓迎曲まではいらないけど、ご馳走でも奢ってくれないか。

 僕たちは暫くふざけた後、向かい合った。

 チョルミョン:お前、昨日は言いすぎたな。

 チョルミョンがむきになって言った。僕はうなずいた。

 チュンミン:わかってる、彼女、帰り道になんと言った?泣いてた?
 チョルミョン:泣きゃしないさ、大学に着くまで何も言わなかったけど、ふと、こう言ったのさ、「チュンミンさんはまだ私の先生のことよく知っていないはずです」と。

 僕は途方にくれてしまった。
 だとすれば、ソルミは母のことをすでに知っていたというのか。

 チョルミョン:昨日、お前からもらった絵を見てソルミさん感心してたんだ。でも、顔はそっくりなんだけど、あまり老けて見えると言っていた。
 チュンミン:うん?!
 チョルミョン:そう言いながら彼女の兵士時代の話をしてくれたんだけど、聞いてみるかい。
 まあ、いちいち答えを聞くまでもない。
 実は、お前にもきっと聞いてもらいたいんだ。

 ぽかんとしている僕の顔を見つめていたチョルミョンはにっこり笑った。
 まるで話し上手な語り手が切り出す前に聞き手の反応をうかがうときのような、意味ありげな笑いだった。
 そして、何食わぬ顔でゆっくりと話を始めた。

 ソルミが一般の兵士から一階級昇進したばかりのある夏の日のことだった。
 不意に砲射撃訓練の命令が下った。つんざくような号令が絶え間なく響くなかで、坑道の扉を飛ばして出てきた重々しい海岸砲はいつの間にか指定された射撃の陣地を占めた。
 女性兵士たちの動きは一様に迅速で、正確だった。
 青黒い海めがけて向けられた鋼鉄の砲身が目標を定めようとしている矢先に、以外にも極悪な仮想状況が提示された。
 砲の組長と照準兵は負傷し、照準鏡が破壊された!
 結局、砲射撃の指揮を任されたのは入隊して1年にしかならない中隊のアコーディオン手のソルミだった。
 思いがけない負傷で、陣地から離れることになった照準兵が、ソルミの傍を通り過ぎながら早口で、目測による照準、と囁いた。ソルミもそれを知っていた。
 波打つ海上に目標が現れた。
 訓練から除外された古参の兵士たちは気が焦って足踏みしながらソルミだけを見守っていた。
 時間の流れは速かった。けれども、目標めがけて拳で狙いをつけ、射撃の諸元を計算しているソルミの口はなかなか開かなかった。
 事実、目で測って射撃の諸元を計算するのは難しい高等数学ではなかった。しかし、数学の原理に基づいた迅速で正確な暗算を要するものである。
 ソルミは胸の騒ぎを辛うじて抑えていた。中学時代に数学の成績がよくなかったことをちらっと思い起こした彼女は苦心して計算した解答に確信がなかった。
 そのうえ、彼女は今、紙の上に答えを書く学校の試験場に座っているのではないのだ。
 ただ一回のミスも許されないという緊張感で、ソルミは呼吸すら苦しくなってきた。
 幼い頃から音楽以外のものには別に関心や興味を示したことのないソルミだった。
 軍服を着て、初めて武器を授けられたとき、彼女は短い銃の番号さえも「ド・ミ・ソ・シ・レ・ソ」と音楽の階名で覚えたほどだった。
 驚く戦友たちに彼女は恥じることなく応えたものだった。

 ソルミ:私、こうしたほうがもっと覚えやすいのよ。

 やがてソルミの口が開いた。砲門も口を開けた。霹靂のような砲声と共に水上の黒い目標は白い水しぶきを上げて跡形もなく消えてしまった。
 命中だった。しかし、歓声が上がるはずの陣地と塹壕は静まり返っていた。
 すでに基準の時間が過ぎてしまったのだった。
 ソルミはへとへとになってその場に座り込んでしまった。中隊の軍人たちは気を揉みながら訓練の結果に対する評価が下るはずの前方の監視所の方だけを注視していた。けれど、彼女たちは知る由もなかった。前方の監視所には彼女たちが夢にも会いたかった敬愛する金正恩総書記がいたのだった。