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短編小説「3年、30年」(14)
 2024年作

 ハン・チョルミョン:この日、金正恩総書記は例え、時間は少し遅れたが、若い兵士たちが不意の状況にうまく対応したと女性兵士たちを励ましてやり、素朴な芸術サークル公演を見て、記念写真まで撮った。でもソルミさんは栄光のその場に堂々と立つことができず、他の兵士たちの後ろでためらっていたという。
 ところが、思いもよらぬことが起きた。
 金正恩総書記が彼女を身近に呼んでくれたのだ。
 総書記は、さっきの芸術公演を見たら、この兵士の演奏が見事だった、アコーディオンを弾きながら歌も上手に歌い、ギターを弾くのもうまかった、きっと中隊の宝物でしょうと言い、頭を垂れているソルミさんの背中を優しく叩いたという。
 そして彼女に、音楽の勉強はいつからして、楽器などは誰から教わったのか、他の科目の成績はどうだったのか聞いたという。
 ソルミさんがどう答えたのか、お前もおおむね察しがつくだろうね。
 彼女は総書記に偽りなく、なにもかも打ち明けた。小学校の時から、音楽だけに没頭し、他の科目は疎かにした余り、中学校に上がっても数学と親しくなれなかったことや、結局今日のように射撃の諸元もろくに計算できなかったことを率直に話した。
 総書記は「小学校のときからそうだったのですね」と物思いにふけって、なんどもつぶやき、ふと、ソルミさんに将来の希望について聞いたという。

 ハン・チョルミョンは話を中断し、興奮した様子でネクタイを緩めてから、大きくため息をついた。
 僕は気が焦って続きを促した。

 チュンミン:それで、彼女は何と応えたのか。
 チョルミョン:それが、何も応えられなかったそうだ。

 僕は期待が外れて気が抜けるようだった。それと同時に疑問が募り、喉が詰まってきた。

 チュンミン:それは一体どうして。

 チョルミョンは重々しく頭を振った。今日、彼の頭はなおさら大きく見えた。
 本当に訳がわからないのか、それとも分からないふりをしているのか、その表情また曖昧だった。

 チョルミョン:お前が直に聞いてみたらどうだい。俺にはそれ以上、話そうとしなかった。

 形容しがたい衝撃に駆られて、チョルミョンを見送ってからも長い間、物思いに耽っていた僕は母の部屋に入った。ソルミが母のことを知っているとすれば、母だって彼女のことを知っているはずだ。
 部屋は空いていた。テーブルの上には分厚い本が開いたまま置かれており、そのうえに母の老眼鏡が乗せてあった。
 なにげなく覗いてみたら、小説ではなく、スポーツ理論の本だった。
 いつからなのか、母は音楽とは縁の遠い各分野の本を何冊も借りてきたり、買ってきたりして、暇さえあれば耽読している。
 近頃になってやっとそれに気づいた僕だった。
 今日もテーブルの片隅にはついさっき買ったばかりと思われる本が何冊も積み重なっていた。ソファーに身を沈めた僕は好奇心に駆られてそれらの本の題目や内容をざっと見た。数学の参考書や医学の本、文芸雑誌に外国語の原書まであった。
 本の小山がそっくり反対側に移されると、緑色の表紙をしたノートが一冊現れた。ざっと目を通していると、ノートに挟んでおいた何枚かの紙がひらひらテーブルの上に落ちた。とっさにそれを拾って見た僕の胸は高鳴った。
 案の定、手紙だったのだ。

 尊敬する先生へ。お元気ですか。卒業以来、すっかりご無沙汰していましたが、どうか、お許しください。私は小学校時代、先生がそれほど愛し、苦心していろんなことを教えてくださったキム・ソルミです。

 数年前にソルミが送った手紙だった。
 何の理由で、彼女は長い間全く、ご無沙汰していた小学校時代の教師に手紙を書いたのだろうか。
 丁寧に書かれた手紙を僕は夢中になって読んだ。

 他の友達は誇りと偉勲の手紙を母校に送ると言っていますが、私は先生と母校に恥をかかせました。けれどもこの事実だけはどうしても申し上げたく、親に頼んで今は住所すら分からない先生にこの手紙を送ります。
 先生、数日前、私は中隊を訪れた敬愛する金正恩総書記に見える光栄に浴しました。

 手紙のうえにハン・チョルミョンから聞いた話が再現された。手遅れになって響いた砲声、噴き上がる水しぶき、もどかしさに足踏みする女性兵士たち。
 ソルミは結局、将来の希望について聞く金正恩総書記に何も応えられなかったのだ。