朝鮮民話「あきれた行商人」
人家のない山道を上っ張りを着た櫛売りに革靴をはいた塩売り、毛皮の帽子をかぶった木綿売りの3人がとぼとぼ歩いていました。
夕日が西に傾きましたが、どこにも泊まるところはありません。重い足を引きずりながら歩いていると、近くに狩人小屋が見えました。
「ここで一晩休んでいこう」
3人はほっとして小屋に入りました。
狩に出かけたのか主人は留守で、小屋の中はがらんとしていました。かれらは肩の荷物をおろすと、オンドル部屋にあがりました。
長いあいだ火を入れていなかったので、小屋の中はひんやりと冷気がただよっていました。
「火をたけば部屋があたたかくなりますがねえ」
ひえびえとした部屋で寒さにふるえていた櫛売りが言いました。
「そうですとも。体もぬくもりますしね」
塩売りが答えました。
「なにしろ、服を脱いでぐっすり眠れますからね」
木綿売りもあいづちをうちました。
しかし誰も火をたこうとはしないで、他人の顔色をうかがっています。
戸外は肌を刺す冷たい風が吹きすさび、障子の目張りもすき間風に音を立てています。丸くうずくまっていた塩売りが言いました。
「わたしが火打ち石で火をつけますから、お2人は薪を運んできてくれませんか」
すると櫛売りが首を横にふりました。
「火打ち石は手間がかかりますね。わたしにマッチがあります。ちょっとぬれてはいますが、乾かせばいいのです。どうですか、そちらは薪を運んで来てもらいたいのですが・・・」
すると今度は木綿売りが首を横にふりました。
「冗談じゃない。ぬれたマッチをいつ乾かすんですか。わたしには壁にこすれば火がつくマッチがあります。火はわたしが起こしますから、お2人こそ薪を取ってきてくださいよ」
かれらは外へ出て薪を運ぶのがおっくうで、他人に運んでもらおうと勝手なことを言い合いました。
夜更けのすき間風が吹きこみ、火の気のないオンドルは氷のようです。3人は寒さにブルブルふるえています。
歯がカチカチと鳴りました。
こらえきれなくなった櫛売りが塩売りに話しかけました。
「もう寒くてたまりません。早く火をたこうじゃありませんか。わたしはわらじをはいているので、足が凍えて歩けません。ご苦労さまですが、革靴をはいたあんたが薪を取ってくるしかありませんよ」
すると、革靴をはいた塩売りは、「お2人のために薪を取ってきたい気持ちはやまやまですが、わたしは防寒帽をかぶっていないので、耳が凍えてしまいました。どうでしょう、毛皮の帽子をかぶった方に運んできてもらいたいのですが」と言って、防寒帽をかぶった木綿売りにおしつけました。
「お2人のために薪を取りに行きたいのですが、わたしは綿入れを着ていないので体が冷え、おなかをこわしてしまいました。綿入れを着た方が運ぶべきだと思いますがな・・・」
木綿売りも口実をもうけて、櫛売りにおしつけました。3人は、自分は動かないで他人を使おうとばかり思っていたので、いつまでたっても火をたくことはできません。
夜が更けて、明け方の冷たい風が吹きこみました。床が冷えきって、じっと座っていることもできません。体がふるえて、どうにもたまらなくなりました。
そこで木綿売りが知恵をしぼりました。
「わたしは毛皮の帽子のおかげで体がぬくもっていますが、あんたたちはずいぶん寒そうですね。薪を運んできてたけばよいのに、どうしてじっとしているのか気が知れませんよ」
すると塩売りが言い返しました。
「寒いなんてとんでもない。わたしは革靴をはいているので足がぬくもり、体に汗をかいていますよ。
寒さをしのぐには、なんといっても革靴が一番ですからね。どうもみなさんがお気の毒で見ちゃいられません。ぶるぶるふるえていないで、薪を運んできて火をたくんですよ」
櫛売りも小憎らしそうに口をとがらしてやりかえしました。
「寒さをしのぐには、靴より綿入れのほうが向きますな。わたしは暑くて体中汗ぐっしょりです。おふた方が気の毒でなりません。金もうけも命あっての話じゃありませんか。やせがまんせずに早く薪を運んできて、火を起こしなさいよ」
しかし今度も、誰も動こうとしません。
小屋はますます寒くなり、体がカチカチに凍えてきました。かれらは顔を股ぐらに埋めて夜を明かしました。もう、あごがこわばって口をきくこともできません。しだいに気が遠くなり、3人の行商人は凍死寸前です。
そこへ狩りに出かけていた年老いた狩人が帰ってきました。かれはさっそく薪を運んできて、かまどに火をくべました。小屋の中がぬくもり、床がしだいにあたたかくなりました。
凍えていた行商人たちは、目をあけてあたりを見まわしました。
「どうしたのじゃ。オンドルの上で凍えているとは」
狩人は目を丸くしてたずねました。
「あきれた道づれでしてね。わたしは火をたこうと思ったのですが、だれも薪を運んでくれなかったのです」
櫛売りがぶつくさ不平を鳴らすと、塩売りと木綿売りもだまっていませんでした。
「まったく、あんな不精者と一緒になったばかりに、凍え死にするところだったんですよ」
「ほんとに・・・」
こう言って2人も、やはり他人のせいにしました。
眉をひそめて、かれらの話を聞いていた狩人が言いました。
「火をたくのがおっくうで寒さにふるえているなんて、いやはやあきれた話だ。命が助かっただけでも幸いだ。さあ、とっとと出ていきなされ」
狩人は行商人たちを小屋から追い出してしまいました。