/ フィーチャー
祖国防衛の使命感に燃えて
 共和国の繁栄の歴史には、国力をあらゆる面から強めて、朝鮮式の社会主義を固く守った偉大な金正日国防委員長の不滅の業績が輝いています。



先軍政治で

 1990年代に入って、アメリカを始め帝国主義反動勢力は、複数の国で社会主義が崩壊したのをいいこととして、自主の旗、社会主義の旗を変わることなく高く掲げて進む共和国に攻撃の矛先を向けました。
 帝国主義反動勢力の悪辣な共和国押しつぶし策動によって、共和国は歴史に類を見ない厳しい試練に直面しました。
 その時、金正日国防委員長は、先軍政治を社会主義の基本的政治方式としました。
 先軍政治は、軍事を第一の国事とし、人民軍をあらゆる面から強めて国と革命、社会主義を守り、人民軍を中核、主力として革命の主体を強固にし、社会主義建設全般を力強く推し進める政治方式です。
 金正日国防委員長は、不朽の著作「朝鮮民主主義人民共和国は不抜の威力を持つチュチェの社会主義国家である」を始め多くの著作で、人民軍を中核、主力として、わが国を世界で一番富強で暮らしよい人民の楽土、社会主義強国につくることについて教えました。
 そして、人民軍の銃剣に平和があり、朝鮮人民の自主的かつ創造的で、幸せな生活があり、社会主義の勝利がある、人民軍を無敵必勝の革命強兵にし、国防工業の発展に引き続き大きな力を入れて、国力を全面的に強めなければならない、と言いました。

休みなく歩み続けた祖国防衛の道のり

 1995年1月1日、金正日国防委員長は朝鮮人民軍のある中隊を訪れました。



 金正日国防委員長は中隊の軍事・政治活動と軍人の生活についてつぶさに見聞きしました。
 国防委員長は、革命の銃剣をしっかり握って、社会主義の国を固く守っている軍人たちの姿から大きな力を得ました。
 この日、国防委員長は先軍政治でこの国と社会主義を勝利へと導く固い意志を披瀝しました。
 歴史のその日から生涯を閉じるまで、国防委員長の先軍の道のりは続きました。



 私はこれからも兵士と一緒に土の匂いも嗅ぎ、砲煙が立ち込める戦場で兵士と生死苦楽を共にする最高司令官になるだろうとし、祝日も休日も返上して人民軍部隊を現地指導しました。
 上り16キロ、下り16キロのつづら折りのチョル峰、危険千万なオソン山の断崖、海が時化るチョ島への船路を始め、この地の至る所に国防委員長の献身の足跡が印されました。



 金正日国防委員長は兵士たちを訪ねて、帝国主義の奴隷にならないためには、国を守るべきだという崇高な愛国の自覚を持たせ、無敵の力と勇猛を与えました。
 国防委員長の精力的な指導によって、朝鮮人民軍は政治・思想的に、軍事・技術的に申し分のない無敵の革命武力として威容を馳せました。

 金正日国防委員長の先軍の道のりがあって、朝鮮は固く守られました。
 当時、欧州の有名な朝鮮問題専門家はこう書いています。
 「1990年代中頃から今まで朝鮮で3大奇跡が起きた。
 第一に、国際政治舞台から消えるところだった朝鮮民主主義人民共和国が名実共に社会主義を代表する国に浮上したこと、
 第二に、朝鮮人民が死の淵を踏み越えて、強国建設を進めていること、
 第三に、これまで朝鮮民主主義人民共和国を潰そうと襲いかかっていたアメリカと西側諸国がこの国に和解の手を差し伸べたことである」
 朝鮮民主主義人民共和国を不抜の威力を持つ社会主義国に発展させた金正日国防委員長の不滅の業績は末永く輝いています。